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高橋ナオト(たかはし なおと)


元プロボクサー。1967年11月17日生、東京都出身。
東京都立農業高校卒業。本名:高橋直人。

 中学卒業と同時に「アベジム」に入門してボクシングを始める。入門3ヶ月でアマチュアデビューし、アマチュアで20戦した後85年に高校2年でプロデビュー。同年に東日本新人王、翌年全日本新人王を獲得。両大会ともMVPに選ばれ、86年のボクシング年間表彰では新鋭賞を受賞した。
 87年に無敗で日本バンタム級王座を獲得。天才と言われ世界チャンピオン間違いなしと思われたが、過酷な減量の影響で2度目の防衛戦で判定負け。次戦ではKO負けを喫し、1階級上のジュニア・フェザー級(現スーパー・バンタム級)に転向。
 89年にチャンピオンの米国軍人・マーク堀越(本名:マーク・ブルックス)を破り、日本ジュニア・フェザー級王座を獲得して2階級制覇を達成。マークとの試合は両者合わせて5度ダウンする激戦となり、同年の年間最高試合にも選ばれ今なおボクシング界に語り継がれる伝説の一戦となっている。後楽園ホール史上最高の試合とも言われる。
 91年、KO負けした試合後脳内出血が判明して現役を引退。当時日本選手の世界戦21連敗など世界チャンピオン不在の時代にあって必殺のカウンターパンチを武器にボクシング界のスターとして活躍、敗色濃厚な場面からの劇的な逆転勝利でファンを熱狂させ「逆転の貴公子」と呼ばれた。
 引退後はパソコン会社やビルメンテナンス会社に勤務する傍ら、93年に「ボクシング中毒者(ジャンキー)」でナンバー・スポーツノンフィクション新人賞を受賞するなどボクシングライターとしても活躍していたが、その頃出会った漫画家・森川ジョージの出資を受け、94年にボクシングジム「JBスポーツクラブ(現・JB SPORTS)」を設立、会長を務めて福島学(元東洋太平洋スーパーバンタム級王者)らを育てた。なお現在同ジムの会長を務めている森川ジョージの代表作【 はじめの一歩 】の登場人物「宮田一郎」は高橋がモデル。
 07年に会長を辞任し、現在は「甲府ヨネクラボクシングジム」のトレーナーとして後進の育成に当たっている。
 プロボクシング戦績:23戦19勝(14KO)4敗。

LAST UP 2012/01/05
 
作品
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辰吉るみ

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